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私は2004年の4月まではまったくのインターネット初心者でした。もちろんホームページを自分で作ることはできませんでした。
売る商材もありませんでした。
しかし大胆にも「半年で月収200万円のサイトを作る」という目標を立てました。
そして半年後の2004年9月の終わりには見事にそれを達成しました。
そして今でも、このホームページの商品は売れ続けています。
そんな経験と秘訣をこのページでほんの少しお話しします。
ある人の言葉がきっかけで思わぬ商材を開発
私は大学卒業後、旅行会杜のジャルパック、そして日興証券グループに転職し、38歳までサラリーマンをしていました。
丁度、バブルが弾け、証券不祥事があり、山一証券が自主廃業したときです。
子供が4人いて家のローンもあり、そのときもらっていた給料をもらえなくなっらどうしよう?と不安な日々を過ごしました。
それ以来、さまざまなプロジェクトや仕事に興味を持ち、やってきました。どれもまあまあ上手くいきました。
大成功ではないけど、まあまあという程度です。
収入は入るのですが、仕事に対する本当にワクワクした満足感を持っことができませんでした。
自分でも一つのことに集中できず、どれも中途半端で、大成功できないのが悩みでした。食べていけるくらいの十分な収入はあるのですが、何かが足りなかったのです。
あるときに、小坂裕司氏の「天職の作法」という本を読みました。
そこには「天職に生きていないから、自分を開花させていないから、本当の満足感がない。」ということが書いてありました。自分のこの何かが足りないで、もんもんとした状態は、天職に生きていないからだと思いました。「天職は探すものではなく、すでに天職に生きているが気づいていないだけだ。」という言葉は目からウロコでした。
私は私に与えられた才能や興味の対象ややってきたことを振り返ると一本の線でつながることが分かりました。私に与えられている才能は「人に教えること、人を動機付けること、人間関係をうまくやること」などだと思います。
独立してからやってきたことは、ビジネスオーナーを意識して、自分が働かなくても収入が入る仕組み作りのビジネスぱかりでした。ビジネスオーナーは「自由」でありたいということが価値観にあります。私が大学卒業後、旅行会杜のジャルパックに入ったのは無意識で「自由」に海外に行けるというのがあったからだと思います。またバブルの時期に日興証券に転職したのもお金を儲けて自由になりたかったからだと思いました。それで、ある意味では「時間」と「お金」に自由になったのですが、人間はそれだけでは幸せではないことが分かりました。
私は人に教えたり助けたりすることが大好きなので、自分がサラリーマンから起業して独立できた経験を分かち合うことができれぱとインターネット上で「ビジネススクール」という起業に関することを教える学校を作ったらどうかというアイデアが浮かびました。
そして「ビジネスオーナー養成講座」という講座を作れるのではないかとイメージできました。自分のセルフイメージから「起業家育成コンサルタント」という肩書きにしました。
そして、これは自分の天職になるかもしれないという感じがしました。
この続きは
インターネットで起業してビジネスオーナーになる方法 (全5回)
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